
老朽化する社会資源対策に「教師なし」のAI深層学習診断法を提案
道路や橋梁など国内各地の社会資本の老朽化に伴い、維持管理に関わる人員・予算の不足を補う革新的技術が求められて久しい。環境機能マテリアル工学研究室の橋本勝文准教授たちが構築する新たな診断法は、コンクリートのひび割れをAIによる「教師なし」の深層学習で検出する。人とAIの共存社会の糸口を探っていく。

人命・経済活動に直結する土木インフラ課題
「まさか道路が突然、陥没するなんて誰も想像しなかったと思うんです」という橋本勝文准教授の言葉が重みを持ってのしかかる。日本のインフラ整備は今、黄色信号が点っている。国土交通白書2022によると「高度成長期以降に整備された道路橋、トンネル、河川、下水道、港湾等について、今後20年で建設後50年以上経過する施設の割合が加速度的に高くなる」。
道路橋は約75%、トンネルは約52%、水門やダム等の河川管理施設は約65%が「50年以上経過する施設」に該当するというデータが示されており、さらに2026年1月28日に埼玉県八潮市で発生した道路陥没事故の報道によって、国民はこの深刻な社会課題を実感を持って受け止めることとなった。
国はこの事態に産学官民が一体となってあたることを推奨し、2016年には国土交通省がその優れた取り組みや技術開発を表彰する「インフラメンテナンス大賞」を創立。2026年1月に発表された第9回には、株式会社構研エンジニアリングと橋本氏、早稲田大学の檀寛成教授チームも「AI打音マネジメントシステム『ウェイヴ・ブレイナーPRO』」で優秀賞を受賞。コンクリートのひび割れ検出にチーム戦で臨んでいる。
日本の工学系技術者たちは今、高齢化を理由に個人の経験則に基づく熟練した技術や勘どころの継承が失われつつある。中でも土木インフラの維持メンテナンスに注がれたそれらの人的資源が失われていくことは、人命・経済活動に直結するリスクを孕んでいる。この大きな空洞を埋めるべく人はAIをどう活用していけばいいのか。その一例が橋本チームによって示されている。

「このまま使っていいのか」社会の診断ニーズが変容
コンクリートの損傷は早期発見が大原則だ。そのため土木業界では簡便かつ正確な非破壊検査の開発が求められている。橋本チームはコンクリートの表面を叩いて内部から発生する弾性波を計測するインパクトエコー法にAIを実装。無論AIを使った技術はすでに複数存在するが、最大のポイントは「教師なし学習」であるところ。ここに橋本氏はこだわった。
「複合材料であるコンクリート構造物が自然界に長く置かれると、それぞれの環境によって状態や老朽度は全て異なります。北海道の橋と九州の橋から得られるデータは必ず何かが違う。全て同じ診断結果になるということはありえません」。
また同じ場所でも経年劣化に伴う多様な差異が発生し、診断箇所が変われば結果も変わる。そこをこれまでは全国各地の熟練技術者たちが経験則をもって的確な判断を行ってきた。
ではそんな時代が終わりつつある今、AIに膨大な診断データを学習させれば、各構造物の安全性が保たれ、事態は解決するのだろうか。その問いに答える前に「土木インフラの非破壊検査に求められる社会のニーズの変化を考える必要があります」と橋本氏は指摘する。
「以前は非破壊検査でコンクリートの内部をどこまで診断できるのか、診断の正確性が求められていましたが技術の進化によってある程度の信頼を獲得した今、次のニーズは“このまま使い続けて大丈夫なのか、安全か否かを速やかに知ること”。日本中の全構造物を診断することの非現実性や整備の優先順位等を考えて、どの構造物からどんな診断を行うかマネジメントを含めた提案が求められています」。
その提案の一つとして橋本チームは対象構造物のひび割れがない健全な状態をデフォルトとし、それと現場から得たデータがどれくらい乖離があるかを定量化し、数値化する方法を開発。「教師なし」の利便性で、膨大なデータ収集を前提とするAI深層学習に新たな風を吹き込んだ。

現場とのギャップを解消し、AI共存社会に一石
課題はある。実験室環境で行われてきた試験を実際の橋梁・トンネルなどの現場に適用しようとすると、現場ならではの環境影響やノイズの評価、センサ配置の最適化など諸条件を考慮する必要が生まれる。
さらに本研究のメンバーに社会システムを専門とする壇教授がいることからもわかるように、この新診断法を社会実装するときの“心的抵抗”こそが最大のネックになるのではないかと橋本氏は予測する。
「例え話ですが、“このジェットコースターはAIが大丈夫だと言ったから乗ってください”と言われて、我々は100%安心して乗れるでしょうか。やっぱりベテランの職員さんにくまなくチェックしてもらいたいと願う心理は当然だと思います。これと同じように土木インフラにおいても技術者とAI、どちらかを選ぶのではなく、人とAIはどう共存していくか。この研究の本質はそこを問われているように感じています」。

工学研究院 土木工学部門
准教授 橋本 勝文
