フッ素系難燃剤の難燃性能に対する流れの滞留時間の影響:CH₂F₂とCH₄の吹き消え限界の比較


北大燃焼工学の知見で有人宇宙活動を支える材料燃焼性評価をアップデート

有人宇宙活動史に二度と火災の悲劇を起こさないためにーー。金野佑亮助教のグループでは、地上では燃えにくいフッ素樹脂ETFEが微小重力環境下ではなぜ燃焼性が向上するのかを詳細化学反応機構を用いた燃焼の数値解析によって明らかにした。その鍵を握ったのが、代替フロンとして注目されるR32(ジフルオロメタン)の冷媒燃焼研究である。

低圧環境において固体材料の燃焼挙動を観察可能な装置

宇宙船に持ち込む材料の燃焼性評価の国際基準を作成

世界に数多ある宇宙工学研究の中でも、北海道大学の宇宙環境応用工学研究室は燃焼工学のエキスパートの集まりだ。同分野の第一人者である藤田修特任教授の在籍時代からJAXA、NASAなどの世界的な研究チームと共にFLARE(Fundamental Research on International Standard of Fire Safety in Space -base for safety of future manned mission)プロジェクトに参画。微小重力環境における材料燃焼性評価の国際的な基準の作成を目標に掲げてきた。

有人宇宙活動の火災安全研究は、宇宙飛行士たちの人命に関わる重大なミッションだ。これまでも船内に持ち込まれる材料は可燃性評価基準(NASA-STD-6001)をクリアしたものだけが使用され、宇宙で燃えにくいことが担保されてきた。
ところが「従来の評価手法の土台となる知見は半世紀以上前のものであり、材料の燃焼性に与える重力の影響を考慮していないなど、幾つかの課題が指摘されていました」と金野氏は語る。

だが、そもそも実験の前提である微小重力環境を作り出すにはロケット等による放物線飛行や、測定容器を実験落下塔で自由落下させるなどの大がかりな準備が必要となり、実験回数も限られる。将来的な宇宙工学の発展には、底コストかつ簡便な試験手法で得られるデータが求められていた。
さらにもう一つの焦点は、微小重力環境における酸素濃度と燃焼性の関係だ。酸素濃度を指標に材料の燃焼限界条件がわかれば、宇宙船内の酸素濃度に応じてより確かな火災安全基準を示すことができる。この課題に金野氏は詳細化学反応機構を活用した燃焼数値解析で挑み、新たな知見を見出した。

ETFE燃焼時の化学反応を解き明かすために冷媒R32に着目

研究対象となったのは、船内でも電線の被覆材やシート材として使われているフッ素樹脂ETFE(エチレン・テトラフルオロエチレン)だ。これまでの研究から、地上では燃焼性の低いETFEが、微小重力環境では著しく燃えやすくなること、さらに宇宙船内に流れる空気の速度によって火炎の挙動が変化することが明らかになっていた。
しかし、その背後でどのような現象が起きているのか、化学反応の詳細なプロセスや重力および気流などの諸条件との関係性については、いまだ十分に解明されていなかった。

そこで金野グループは、ETFEと同じハイドロフルオロカーボンに属するR32(ジフルオロメタン)に着目した。エアコン用冷媒として知られるR32は地球温暖化係数の低さから代替フロンとして普及が進む一方、微燃性を有することから燃焼研究も急速に発展してきた物質である。
このR32をETFEが燃焼した際に発生する分解ガスのモデル燃料とし、気相化学反応にフォーカスした数値シミュレーションを実施。その結果、酸素濃度と気流の速度、そして燃焼性の相関性が明らかになった。特に、流れの滞留時間が長い条件では、R32は低酸素濃度条件下でも燃焼し得ることが明らかとなり、その反応経路解析を通じて「なぜ微小重力環境でETFEの燃焼性が向上するのか」という問いに対し、物理・化学的要因を初めて説明することに成功した。
また同時に流れの影響を受けない0次元反応計算も行い、ETFEなどの有機フッ素化合物は、火炎が形成され流れの影響を強く受ける条件と0次元的な反応条件とで燃焼性が大きく変化する特徴を持つことも明らかにした。

今回活用した冷媒燃焼について金野氏は、「ETFEの燃焼メカニズムを再現し、かつ詳細に見るために何を使ったらいいのかを探し続けた末に冷媒にたどりついたことで、研究を大きく進展することができました。当初は私の好奇心から一人で始めた研究も続けていくうちに色々な方に興味を持っていただけるようになり、現在は他大学の冷媒燃焼研究者や、化学反応解析を専門とする海外の研究者との共同研究も進んでいます。今後はETFEにとどまらず、多様なハロゲン化ポリマーの燃焼特性や、有機系難燃剤の機能解明を目指した研究にも取り組んでいきたいです」と意欲を見せる。

燃焼容器内の気圧と酸化剤の組成を調整する様子

北海道に根づく微小重力研究で燃焼現象の本質に迫る

現在、世界の微小重力研究はアルテミス計画に打ち込むアメリカや、宇宙開発分野においても急成長を遂げる中国など各国がしのぎを削っている。実は、ここ北海道にも微小重力研究の歴史が長く刻まれていることは研究者の間で広く知られていることだと、金野氏は明かす。

「かつて上砂川には炭鉱跡を活用した全長約710m、微小重力時間10秒間という世界最大級の超大型落下実験塔がありました。微小重力研究をしたい人たちが世界中から集い、北大で準備をして本番に臨むこともあったそうです。その施設は残念ながら閉鎖しましたが、現在は赤平市で地元企業と北大が共同所有する50m級落下塔施設が稼働しています。利用者の制限は設けず、誰にでも開放しています」

上砂川の落下塔に通った研究者や赤平の施設利用者、藤田氏の薫陶を受けた学生たちが築き上げたネットワークは、今も宇宙環境応用工学研究室に息づき、学部生時代からFLAREプロジェクトのメンバーだった金野氏の研究を後押しする。
「工学が扱うさまざまな現象の中でも、燃焼・火災はとりわけ複雑です。熱および物質の輸送現象と高速な化学反応が交錯し、いまだに未解明の課題が多く残されています。経験則を大切にしつつも、その本質を理解するための基礎研究が重要です」。北大燃焼工学で培われた知見と広がり続けるネットワークを礎に、燃焼現象の本質へと挑み続けている。


工学研究院 機械・宇宙航空工学部門
助教 金野 佑亮