
土壌抽出問題に光を、蛍光シグナルを使った非破壊分析法を提唱
計測・分析を土台に発展する工学には、それを可能にする機器や設備の存在が欠かせない。水環境保全工学研究室の中屋佑紀助教の場合も院生時代からメーカーが誇る蛍光測定装置を駆使して、現在は土壌の固体-励起蛍光マトリクス分光法を検討中。土壌サンプルの抽出問題に新たな光を当て、「出てくるデータ全てが新しい」独創性に磨きをかけている。

自然界にある土壌を不均一のまま分析したい
水環境の保全は人類の恒久的な課題であり、水環境の計測・分析手法の1つに腐植物質や化学物質を含む土壌の診断がある。その前工程として一般に土をアルカリ溶液によって抽出する作業が行われるが、近年この抽出自体の是非論が学術的に大きな議論を呼んでいる。現場から切り離して移動・抽出することが土壌中の成分や特性に影響を与え、抽出結果の正確性が揺らぐ場合があると指摘する声が上がっているからだ。
一方で国際学会が推奨する抽出法も存在するが、それを実践するには非常に煩雑かつ、かなり熟練した技術を要するため、導入ハードルが高い。そもそも自然界に存在する土はどこをとっても同素材で構成される人工物とは異なり、不均一な状態だ。その不均一さをそのまま維持しながら状態を測るための最適解は、一体どこにあるのかーー。
この論争に対して是非論の先を見つめた回答を出そうとしているのが、水環境保全工学研究室の中屋佑紀助教が推進する蛍光シグナルを使った非破壊分析法だ。
世界的にも先行研究が少なく、中屋氏と共に研究に取り組む学生たちも「何をしても前例が見つからず、新規性があるから楽しい」とやりがいを実感する日々を送っている。

課題は定量分析、隕石分析や水処理の共同研究も進行中
中屋氏の出発点は地球科学分野に始まる。水底に百年千年単位で眠る腐植物質を調べるため、大阪大学時代に共同研究をしていた株式会社堀場製作所(京都本社)の蛍光分析計を用いたことが、今に至る転機に繋がった。
「そこから得た知見を水環境保全の分野に活用したのが、固体-励起蛍光マトリクス分光法です。通常、高感度の蛍光測定装置は医療や半導体分野で使われており、これを環境試料に、ましてや“土色”とも言われる暗色のため、光を自己吸収してしまう土壌に対して使う例はほとんど報告されてこなかったと思います。測定装置のスペックの高さがこれを実現してくれました。土壌学、地質学の先生たちと一緒に研究を進めています」
分析対象とする土中の有機物がどのような条件下で、どのような蛍光を発するのか。現段階では、有機成分が分散状態にある水溶液のときや、水溶液を乾燥させて有機物の粉体のみとなったとき、そして土を模擬した粘土と有機物の複合体であるときなど、状態によって試料から放射される光の波長(色)は異なることが明らかになっている。
液体の蛍光分析法ではすでに確立している定量分析に向けて課題は多いが、その足がかりとなる定性的なデータの検討を進めているという。
蛍光シグナルを使った非破壊分析法を歓迎する研究者は多く、中屋氏も現在複数の共同研究に取り組んでいる。例えば、隕石分析。北海道大学にもその一部が届いた小惑星リュウグウから持ち帰ったサンプルなど、宇宙の起源を探るヒントとなる希少な試料を扱う宇宙化学分野では、常に新たな分析手法が待ち望まれている。「隕石の有機物分析を専門とする東京科学大学の癸生川陽子先生に一緒にやってみませんかと声をかけたらすぐに興味を示してくれました」
また、私たちの生活に直結する水処理技術においてもこの手法は活かされようとしている。「水処理に使うろ過膜は定期的に洗う必要があり、その洗浄のタイミングを詰まってしまってからではなく、詰まりそうになる前に検知したいという課題がありました。無論、洗浄の頻度を上げる方法もありますが薬品代を考えると現実的ではありません。そこでろ過膜に常時蛍光シグナルを当て続け、その変化を捉えて洗浄のベストタイミングを導き出すのが目標です」

現場に耳を傾け、スタートアッププログラムに採択
研究者には取り組みに値するテーマとそれを形にする手法、そして居場所が必要だ。いわゆる「水の専門家」ではない中屋氏を「違う視点を増やしたいから」と水環境保全工学研究室に迎え入れた佐藤久教授の期待に応えるべく、中屋氏の活動は意欲的だ。
HSFC(北海道未来創造スタートアップ育成相互支援ネットワーク)の取り組みの1つであるスタートアッププログラム「GAPファンド」にも、佐藤氏・中屋氏それぞれが2025年度の採択メンバーとして名を連ねている。中屋チームは励起蛍光マトリクス(EEM)を⽼朽下⽔管調査に活用することで、下⽔⽔質分析受託事業の開拓を目指す。
「下水処理場職員の方々のリアルな話を聞いたり、水の問題を抱える発展途上国を視察するなどして常に現場の声に耳を傾けています。現場に足を運ぶたびに “No one left behind”な分析技術をどうやって実践するか、やりがいと使命感を更新しています」
蛍光分光装置を作っている堀場製作所の社是は「おもしろおかしく」なのだという。“Joy and Fun”を味方に、世界のユーザーと繋がる研究を突き進む。

工学研究院 環境工学部門
助教 中屋 佑紀
